節分の日、2月3日に食すと縁起が良くなるという食べ物、太巻き寿司の【恵方巻き】。
この恵方巻きについては、様々な憶測も飛び交っており、何が真実なのか、見極めが難しいところ。
ということで、今回は「本来の恵方巻き」について、詳しく調べた結果をご紹介していきます。
恵方巻きが全国販売となったきっかけとは
そもそも恵方巻きは、大阪にて節分行事として行われていた風習であり、何らかのきっかけがなければ、全国へと知れ渡る行事ではなかったはず。
そのきっかけとは、1998年に「まるかぶり寿司 恵方巻」という商品名で、「セブンイレブン」が販売を始めたこと、とされており、その後すぐ全国的に拡散されていきます。
となると、風習というよりも、バレンタインのチョコレートのように、セブンイレブンによる販促を目的とした戦略なのではと思う方も多いかもしれませんが、あくまでも大阪の風習が全国に知れ渡ったきっかけにすぎません。
恵方巻きの由来、いつから流行ったのか
恵方巻きについての有力説
恵方巻きの歴史・由来については、諸説ありとされていますが、中でも代表的な説をご紹介しましょう。
まず一説には、江戸時代末期~明治時代で、大阪の商人たちが、無病息災や商売繁盛の祈願のために始めた風習ということ。
そして、大正時代の初めに、大阪で料理屋や芸者屋などが集まる花街にて、節分の日に、働いている人たちが恵方を向いてお新香巻きを食べていたことが起源であるという説もあり、後者が有力とされています。
ただし、当時はまだこのお新香巻きのことを、「恵方巻き」とは呼んでおらず、一般的でもなかったようです。
ですが、昭和に入って1932年、大阪のとある寿司屋の組合が、「巻き寿司を節分の日に丸かぶりすれば、幸せが訪れる」といった内容の広告を配布したことで、宣伝がスタートしていきます。
さらに1973年、大阪の海苔問屋からなる組合によって、過去に配られた内容と同じような広告が、海苔とともに配布、同時期に大阪のデパートが節分の日に「幸運巻き寿司」という名前で販売をしていたとか。
大阪では、節分の巻き寿司の早食いなど、今で言う恵方巻きに関連した行事も多く開催され、TV放送もされたことから、全国各地に「幸運の巻き寿司」、「節分の巻き寿司」、「丸かぶり寿司」などという名で知られていったようです。
「恵方巻き」として広島県で初めて販売
このようにして知れ渡った節分用の太巻きは、関西地方のコンビニで販売されるようになります。
ただし、丸かぶり寿司などと呼ばれた節分の巻き寿司を、「恵方巻き」という名称で販売を始めたのは、1989年、広島県内にあるコンビニでした。
関西で行われている節分の習慣を知ったオーナーが発案したとのこと。
その後、恵方巻きは販売エリアを徐々に広めていき、1998年の全国販売、現在のブームに繋がります。
恵方巻きの由来についてのデマ説
恵方巻きの由来については、デマも飛び交っているようですね。
しかも非常にお下品なデマなのですが…不愉快に思われる方もおられるかもしれませんから、こちらは読まずにスクロールして下さっても結構です。
さて、そのデマ説ですが、2010年にツイートされたことが、朝に放送されている情報番組にてピックアップされたことが始まりのようです。
その内容が、
「大阪の花街で、遊女に丸かぶりをさせ、男性が見て楽しむ遊びが行われていた」
ということ。
あまりにお下品なので、間接的表現で書いていますが、ツイートした本人は、「古文書にも書かれている」という注釈も入れ、有力な説っぽくつぶやいています。
ですが、その後に同じアカウントにて、
「思いつきのデマだけど、拡散すれば面白い」
といったようにツイートをしており、あまりに悪質なジョークであることが伺えます。
デマとはいえ、これはあまりにロウクラスで衝撃的。
しかも、昔と違い今はインターネットによって、どのような噂であれ、瞬時に世界中へ伝わってしまう世の中ですから、この説を真実だと受け止めた人も少なくはなかったでしょう。
というよりも、多くの人が信じ、今でも信じ切っている人がいるかもしれません。
そして悲しいことに、一度広まってしまったデマを撤回することは、なかなか難しいのです。
デマを流した本人はもちろんのこと、そんなデマをピックアップし、信憑性を確かめることもなく取り上げた情報番組の制作側も、重大な責任を背負うべきでしょうね。
恵方巻きの正しい食べ方とは?
具だくさんの太巻きである恵方巻き
恵方巻きとされる太巻きには、具だくさんであることがベースになっています。
その理由には、太巻きを「鬼の金棒」として食べることで、邪気を一気に祓ってしまうという説などが挙げられます。
そして具材は、縁起の良い七福神よりご利益を受ける、という意味合いを込めて、「かんぴょう、しいたけ、卵焼き(もしくは伊達巻)(関連:ゆで卵の保存方法)、でんぶ、きゅうり(もしくはみつば)、高野豆腐、うなぎ(もしくはあなご)」といった7種類の具材を基本的に使用します。
もちろん、7種類もの具材を巻くわけですから、必然的にかなりの太巻きができあがるわけですが、お店で作られている恵方巻きでは、具材の種類・数、巻の長さや太さなどに違いが見られ、今では一口大に切り分けられているものまであります。
そして、恵方巻きの長さや太さははっきりと決められているわけでもないため、自身が食べたいと思う量、大きさで選択してOKのようです。
特に、お子さんがいる家庭では、具材によっては噛み切りにくいものもありますし、カットしたもの、小さめのもの、海鮮巻やサラダ巻きなどを選ぶのもいいでしょう。
恵方巻きを食べるための方角とは?
その年によって縁起が良い方角、「恵方」に向かって恵方巻きを食べることが基本ですね。
この恵方とは、「歳徳神(としとくじん)」がおられる方角とされていて、その年の干支をベースにして設定されています。
干支とはいえ、日本で一般的に知られている「十二支」だけではなく、陰陽五行説からきている「十干」との組み合わせのこと。
そして、恵方の方角は、「十干」により決まるのです。
以下、十干と西暦下一桁による恵方について、シンプルにまとめてみましたので、今後のご参考にお使い下さい。
・甲(きのえ)の年…西暦下一桁が4…方角は東北東からやや東
・乙(きのと)の年…西暦下一桁が5…方角は西南西からやや西
・丙(ひのえ)の年…西暦下一桁が6…方角は南南東からやや南
・丁(ひのと)の年…西暦下一桁が7…方角は北北西からやや北
・戊(つちのえ)の年…西暦下一桁が8…方角は南南東よりやや南
・己(つちのと)の年…西暦下一桁が9…方角は東北東からやや東
・庚(かのえ)の年…西暦下一桁が0…方角は西南西からやや西
・辛(かのと)の年…西暦下一桁が1…方角は南南東からやや南
・壬(みずのえ)の年…西暦下一桁が2…方角は北北西からやや北
・癸(みずのと)の年…西暦下一桁が3…方角は南南東からやや南
恵方巻きの基本的な食べ方
恵方巻きは、恵方を向いて食べますが、その際によそ見をしてしまうとご利益がなくなるとされていますから要注意。
そして、無言のまま一本丸ごとを食べきることが理想です。
切り分けずに丸ごと一本を食べきる理由には、切り分けることで神様とのご縁が切れてしまう、ということが挙げられます。
どのような神事でも行われている時には無言であることが基本ですし、恵方巻きも神聖な儀式として、縁を切ることなく無言を通すことが風習になったのではないでしょうか。
恵方巻きについてのデマ?な諸説
恵方巻きについては、実に多くの説を耳にします。
そのいくつかをご紹介しましょう。
戦を勝利に導いた説
その昔、豊臣秀吉に仕えていた、ある家臣が、節分の前日に海苔巻きっぽい食べ物を食し戦へと出陣したところ、大きな功績を上げ勝利へと導いた、ということから、海苔巻きが縁起の良い食べ物であると考えられたという説。
ただし、海苔巻きに使われるような形状の海苔は、江戸時代に誕生したとされていて、秀吉が天下統一を果たした安土桃山時代では、板状の海苔が存在しなかったため、とても信憑性が低い説と言えるようです。
切ることが面倒だった説
1800年代の大阪では、節分の日に村人たちが集まって巻き寿司を食すという行事があり、村人全員分の海苔巻きを切り分けていくことが面倒だったため、そのまま丸かぶりにしたという説。
村人全員分の海苔巻きを作る手間は面倒ではなく、切り分けるという瞬時の作業が面倒になるものなのでしょうか(笑)。
一言に「恵方巻き」と言っても、やはりその歴史や意味合いには様々な説があるものです。
2019年の節分はもう終わってしまいましたが、来年の節分では、上記のことを踏まえ、ますますの運気アップに繋げ、過去と未来に感謝しながら、恵方巻きを正しく頂きたいですね。